高田 和典

声の響きが場をつくる。
お笑い芸人、数学教師としても
それを実感しています。

大学では教育学(数学)を学び、現在は数学講師として勤務。また学生時代より芸人活動を始め、現在はプロダクションに所属しライブを中心に芸人活動を行う。トレーニングを進める中で、声と身体と心の変化、そして教壇や舞台でのパフォーマンスの変化を強く体感する。ゆるませる喜び、響かせる感動、それによって広がる可能性。トレーニングを通じて得られるたくさんの発見を、みんなで分かち合える様にお手伝いしていきます。

2010年より楠瀬誠志郎に師事。

  • 担当クラス
  • INTERVIEW

・ Capyum
・ Papyum

ー和典先生はお笑い芸人と数学教師という非常に珍しい肩書きをお持ちですね。どのような経緯があったのでしょうか?

大学時代に趣味でお笑いライブに出たり、オーディションに出たりしていたんです。大学を卒業して教員になったのですが、1年で辞めて吉本の養成所(NSC)に入りました。2年くらい芸人活動して、27歳で結婚するタイミングで二足のわらじを履きました。

ーお笑い芸人の数学教師はきっと世界に一人ですよね。そもそもインストラクターになられたきっかけ何ですか?

吉本の養成所で楠瀬代表の特別レッスンがあって、もう強烈なインパクトがありました。その次の年に養成所のボイス担当スタッフとして1年間働けることになったのですが、当時から声って大事だなと思っていたんです。

ー芸人さんにとっても声は大事なのですね。

はい。ところが、養成所では「お笑い」「ボイス」「ダンス」の3レッスンがあって、みんなお笑いのレッスンは真面目に取り組むのですが、ボイスやダンスのレッスンは手を抜きがちなんです。僕は逆にこれは狙い目だなと思いました。それなりに大きな声を出せたし、声って大事だなと思っていましたので。
レッスンを頑張った上位3人がスタッフに選ばれるのですけど、レッスン生の時からボイスの担当になろうと一生懸命だったので、念願かなって1年間ボイスのスタッフをしていたんです。

ーすごい。あのNSCでもボイス担当だったのですね。

その時にいいなと思って、教えるのが好きだし、自分に向いているのかなって。1年限りと決まっているボイススタッフをやめてからも発声系の何かをやりたいなと思って、養成所でインパクトがあった楠瀬代表のスクールに行ってみようとネットで調べたという感じです。

ー吉本の授業に楠瀬先生が。皆さんはどんな反応でしたか?

年に2回くらいボイスの特別レッスンで楠瀬先生の授業があったのですが、楠瀬先生のキャラクターがすごくて……。言葉を選ばずに表現すると、「やばい人が来た!」と本当に思って、芸人たちもざわついたんですよ。芸人になりたくて現実を知ってまだ凹む経験もしていない養成所の生徒たちは大体とがっているんですけど、全員が唖然としました(笑)

ーシンガーとしての楠瀬誠志郎をご存知だったから?

リアルタイムで世間的にブレイクしていた楠瀬先生の世代じゃないので、有名人だからとかいうバイアスは一切なくですね。「特別レッスンたるいな」という中で、よく分からない人がきて「なんだかやばい人が来て、すごい授業をしている、何じゃこりゃ!?」というインパクトがありました。とにかく、そのたたずまいのオーラ、存在感が衝撃でした。

ーインストラクターにはいつなろうと思ったのですか?

僕ははじめからインストラクターになるつもりでパラの受講を始めたんです。一番初めに聞いたんですね、「最短でインストラクターになるにはどうしたらいいですか」って(笑)当時は担当インストラクターの推薦があれば、随時、インストラクター養成のレッスンを開校していました。半年間、一生懸命やりながら、イベントにも参加しました。ベテランの方は発表会でぐいぐい行くけど、始めて1年以内の方は大人しい感じの中、僕はなるべく印象を残そうと思ったんですね。
僕は10月入会で3カ月後の12月に響祭というイベントがあって、希望すれば響のパフォーマンスができると聞いたので、「よしここでインパクト残してやろう」と思ってネタを披露して、印象を残せたかなという感覚はありました。

ーさすがはお笑い芸人さんですね。

半年間の受講が終わって面談する時に、「インストラクターになりたいんです」と言ったら、インストラクター養成レッスンはやっていなかったけれど、僕一人のために開校してくださいました。そこから1年間は通常レッスンとインストラクター養成のレッスンを週2回受けていました。

ー1年半後にはインストラクターになられていたんですか?すごく早いですね。

そうですね。できるだけ最速でなりたかったので。

ーそもそもインストラクターになりたいと思ったのはなぜですか?

僕は教師と芸人の二足のわらじなんですけれど、どちらも声を使うので、大前提として自分の声をもっともっと磨きたいんですよ。それから、お金を払って習うより、お金をもらって仕事として実践したほうが、より深く学べるんじゃないか、という持論があります。僕、結構セミナーも好きで色々と受けにいくのですけど、基本は最終的にそこの講師になるつもりで行くんです。

ーそれは面白い発想ですね。

受けながら、「やれるかな?合うかな?」と思いながらセミナーを受けます。数学の教師になりたいと思っていた高校時代も、授業を受けながら「自分ならここはこう教えるな」などと考えていました。

ー方で、芸人になろうと思ったのはいつ頃ですか?

お笑いは昔から好きでして、芸人になろうと思ったのは中学2年の頃でしょうか。当時、テレビで爆笑問題さんのネタを見てファンだったんです。そしたら爆笑問題さんがリーダーになってボキャブラブームが訪れました。ボキャブラの新しかったのが、人数がまず多いんですよ。その1組1組がそれぞれ短い1分くらいのネタをした後に、大人数でわちゃわちゃしている様子が流されるんです。何だか芸人さんの楽屋ノリをテレビで流しているみたいで、芸人さんの世界を垣間見た気がして、僕もあの中に入りたい!と思ったんですよね。

ーそんな芸人さんの登竜門であるにNSCに入られて、声が大事と思われたきっかけは何かあったのでしょうか?

100%ではないんですけど、売れている芸人って、ほぼほぼ声がものすごく大きいんです。素人とプロの差があって、身内で面白い人がいても、それが舞台に立った時に迫力がないというか、こじんまりしてしまうんですよね。本当に実力のある人は声が大きくて、その声でお客さんを巻き込む力があって、結局「声が大きいって大事だよ」と芸人の世界ではすごく言われます。もちろん声が小さいキャラクターの人もいるけれど、それでも一般の人に比べたら声は大きいです。声って大事だと常々感じていましたね。

ーレッスンで意識されていることはありますか?

確か楠瀬代表が「いかに教えないかだよね」とおっしゃっていたんです。僕は全然そういうことを考えてレッスンをしていたわけではないんですけど、図らずもある受講生の方から「和典先生は教えないからいい」と言われたことがあるんです。僕はレッスン中、ひたすら自分自身の身体や声、心に向き合っているので、僕が教えているというより、僕はただ自分と向き合っているから、受講生もそういうモードになって、自分の中から深い気づきを得られるようになる、みたいな。
きっとこれが教えられるとそういう風にならなくて、知識としてはそう思うのかもしれないけれど、自分の中の気づきにはならないから、あまり身にならないんじゃないかと、その受講生はおっしゃっていましたね。

ー数学教師をされているのに教えないというギャップが面白いですね。教師をされている時も教えない意識はあるんですか?

教えちゃってはいるんですけど、数学教師も教えないほうがいいのかなという気がしますね。アクティブラーニングという探求型学習と言われるものがあるのですが、教えられて得た知識よりも、自分で気づいて感動や納得をした知識のほうが絶対身になるじゃないですか。ただ情報だけを伝えても、その瞬間は分かった気になるけれど、すぐ忘れるし、分かった気になっているだけで分かっていないし、分かったからといってできるかはまた別ですよね、きっと。

ーところで和典先生のレッスンはどんな雰囲気ですか?

僕のレッスンはすごく静かですね。私語が少ない気がします。ケアしている時に談笑してにぎやかになるレッスンもあると思うのですけど、僕のレッスンは皆さんあまりしゃべらない印象がありますね。

ーそれは皆さんが自分自身に向き合っているからでしょうか?

そうかもしれませんし、ただ僕があまりしゃべらないからかもしれません。

ー意外ですね。芸人さんはすごくしゃべるイメージがあるんですけど。

たぶん僕はトップクラスでしゃべらないですね(笑)

ー和典先生が、理想的なレッスンができている時はどういう状態ですか?

レッスン内容にもよりますけど、ぼーっとしている時がいい気がします。意識があるのかないのか分からない状態の時。気を失う寸前くらいの状態でレッスンしていることがあります。すると受講生のほうもすごくゆるんで、呼吸も深くなって、すごくロングトーンが長く続く気がします。僕がそういう状態になれば受講生もそういう状態になるし、僕自身が受講生に引っ張られているのかもしれないし、全体の場に引っ張られているんじゃないでしょうか。だから、いかに我をなくすか、無我の境地、空、みたいなことなのかなという気がするんですよね。

ーまるで瞑想のようですね。

そういう状態になるのは最初は少し抵抗感あるとは思うんですよね。交感神経が優位な時や、呼吸が浅い時は、どこかでストッパーをかけているんですよ。それを取りほぐしていくという感じです。できるだけ時間をかけたほうが良いので僕のレッスンは前半のストレッチが異常に長いと思います。狙って長くしようとしている訳ではなくて、その場の空気に合わせているという感じですね。

ーたしかに人の前で交感神経を鎮めて、無我になるのは少し抵抗がありますね。でも先生が率先されていると、そこに自然と引っ張られていく…

欲を言うとよだれも垂れてほしいんですよね(笑)本当にバーッと身体をゆるめていくと、よだれも垂れるはずなんです。実は僕も前半部分にロングトーンでゆるめていくと垂れるんですよ。寝る時とかもそうじゃないですか。うとうとしている時ってよだれが垂れるし、そういう時って身体も心もゆるんでいて、色々と開いていて、唾液とか出る腺とかも開いているんです。

ー確かにそうですね。

でもそれが同じレッスンを家で行なっても深く行けないんです。ここの香りや音楽、受講生や建物といった場が持つ力がすごくあって、この場に来るからそこまで深く落ちられると感じています。わざわざ皆さんもいらしてくれるんですから、日常では行けない所まで行けたらいいなと思っています。

ー受講生の時よりも先生になられたほうが、無我の境地って深まるものなんですか?

インストラクターは考えることが増えるから行きづらくなるかなとは思います。ただ、例えばボディーグルーブ(レッスンの基礎練習)の時に色々と言うのも、実は言ってる感覚がないんです。声を響かせたほうが、身体がゆるむと思っているので。

ーゆるむから響くのではなく、響かせるから身体がゆるむ?

ゆるむから響くし、響くからゆるむ、という循環があると思います。ボディーグルーブは次の動作の説明をする名目で響かせながらやっているから、より深くゆるめられる気がします。黙ってやるよりも響かせたほうがゆるむ…他の人もそうなんじゃないでしょうか。受講生も声帯をケア(最小限の発声)しながら、ボディーグルーブも響かせながらしたほうがいいんじゃないかなと僕は思います。

ー和典先生にとって「声」とはどういう存在ですか?

「扱いの難しい道具」でしょうか。

ー道具ですか、面白いですね。それはどういう時に使う道具なのですか?

常に使うもの、ですね。僕はいつも自転車で移動するのですけど、自転車がすごく自分にフィットしている時と、そうでない時があります。そんな時、お世話になっている自転車屋に持って行って調整してもらったら、バチッと自分の身体の一部みたいに感じる時があるんです。その逆で、今日は自分と自転車バラバラだなぁと思う時もあって……その感覚にすごく近いかなと思います。声も自分と一体化していると思う時は、そんなことすら思わないというか、無我の境地みたいになっている。一方で全然思い通りにいかないなと思う時もあります。そういう意味で”扱いの難しい道具”ですね。

ー扱いが上手くいっている時は、どういう状態になっていますか?

もう無敵感、万能感といいますか。小さい時に「何でもできる!」と思うことあるじゃないですか?そんな「俺、無敵だぞ!」みたいな感じになる時はありますね。

ー芸人のお仕事をされている時も、そういう状態になることがあるんですか?

そうですね。場を作る力はすごくあると思いますね。自分が発した声が、場になる。

ー芸人と数学教師って一見全くフィールドが違いますが、和典先生の中では「場を作る」という意味で共通していると?

そうですね。もっと言うと、芸人も数学をからめた仕事をしているので、全部同じといえば同じですね。「テーマは数学。切り口がお笑い。表現方法が声。」という感じですね。声が場を作ると思います。もう少し言うと、場の温度、熱って結局は分子の動きじゃないですか。だから、冷たい水とお湯の違いを解説すると、冷たい水は分子と分子の間の距離が短くて、あまり動かない満員電車みたいなイメージです。それに対してお湯は、距離が離れていてその間を自由に動きまわれるスカスカの電車の中を子供が自由に動き回れるイメージ。要は分子がいかに運動しているか、ということらしいんですよ。

ーなるほど。分かりやすい例えです。

声は空気を振動させて伝わるから、自分の声によって場の温度、エネルギーみたいなものが変わると思うんですよ。もっと言うと、ゆるめているほうが、温度が上がりやすいし、振動させたほうが温度は上がると思います。だからすごく調子がいい時は、自分の声で場の温度が上がっているのが分かることがあるんです。自分の声でお客さんにスイッチが入るというか、お客さんの温度がクッと上がるのが感じられる時があって、それは物理的にもつながっているんじゃないかなと思います。空気を振動させるものだし、どれだけ振動するかで場の温度って決まるものですから。

ー受講生から言われて印象的だったことはありますか?

インストラクターをされている智奈さんが受講生の時に、僕のレッスンを受けて「万能感に包まれて、ものすごい身体が軽くなって帰ったことがあった」と聞いたのはすごく嬉しかったですね。

ー和典先生にとって、Breavo-paraはどんな存在ですか?

一生お付き合いするんだろうなと思います。ここの場所じゃないと行けない深さもあるし、皆さんそれぞれの深め方、気づき方をしていると思うので、ここでしか気づけないことが絶対あると感じています。

ーどんな人に受講してもらいたいですか?

僕は来るものは拒まず、ですね。どんな方でも大歓迎です。

ー芸人や数学教師をされていることで、パラに意図的に活かされていることはありますか?

面白いことに、ギャグを事前に準備して、本番でそのギャグを言おう言おうというままに臨むと、だいたい上手くいかないんですよ。それはすごく不自然なことだから。それよりも準備したものを手放して、本番にフラットな状態で臨んで、自然と出てきたもののほうがウケます。必然性のないものって人が受け入れにくいんですね。レッスンでもこの内容をするからこれを言おうとすると、だいたい上手くいなかない。フラットな状態でレッスンに臨んで、言いたくなったから言う、というもののほうが、受講生の方にも響いている印象があります。

ーお笑いにもレッスンにも、人の気持ちが動く流れがあるのですね。

学校でも、授業を聞かない生徒、できない生徒がいると、ラベリングといって決めつけちゃうことが過去にはありました。一回反抗的な生徒がいて、苦手だなと思っていたけど、こちら側の先入観をフラットにして授業をしたら、ものすごく関係性がよくなったんです。できるだけニュートラルな状態でその場に身をゆだねる。その中で出てきたものをシェアすることが大切ですよね。

ー準備や意図的することよりも、偶然性が重要?

過去に準備したものが、そのタイミングで出てきたんだと思います。結局準備はしないといけないんですけど、それを手放したフラットなニュートラルな状態で臨めた方が、その場の求めているものがきちんとアウトプットできる。準備しておくからこそ、しかるべきタイミングで、偶然が必然に変わるという感覚です。お笑いでも教師でもパラでも感じるものですね。どこで気づいたか分からないのですけど、一つの場で気づいたものは、他の場でも共通すると思います。

ー最後に質問なのですが、最初から教える側になると決めたとおっしゃっていましたが、なぜそうしているのですか?

理由は二つあります。結局は自分で深めていかなければいけないですよね。だから教える場になったほうが、より自分が深まる。もう一つは、そのほうが長く続くかなと思っています。何かを学ぶ時は、一生付き合えるかどうかを考えますね。一生付き合えるんだったら、そこはもう教える側になったほうがいい。Breavo-paraは僕にとって、そんな場所なんです。