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とんでもないプロデューサーだった両親

1960年2月9日早朝。僕は楠瀬家の長男として父一途、母雅子の間に生まれた。
4才下の弟と更に4才下の妹の3兄弟である。
父と母は僕が生まれる前に2人でひとつの事を決めていた。子どもは3人つくる。
1番目は音楽家として後を継がせる。
2番目はスポーツ選手に育てる。
3番目は普通の生活をさせる。

というとんでもない決定だった。
生まれる前からこんな事を決める夫婦がどこにいるんだ。

そして、僕は音楽を継いだ。
弟は帝京高校、法政大学、そして読売ヴェルディでJリーガーとして生きた。
妹は普通に育てられ普通に結婚し普通に母になった

驚きなのは僕も弟も妹もその道に抵抗なく好きで飛び込んでいた。
使命感を背負う事なく。

とんでもないプロデューサーだ。

よく考えると僕たち兄弟は同じ屋根の下で暮らしてはいたものの
全く違う育て方をされていた。

次回はそのとんでもない育て方を書いてみようと思う。