父は手に物を持つ事が嫌いだった為に全て頭の中に入れていました。
そのため、寝ている時でさえ、歌詞などをつぶやいていました。
父は舞台での歌創りも役創りもほとんど自室で創り、リハーサルで直す、が基本だったからです。
覚え創り終えた時、父は「出来た」とは言わず、必ず「飽きた」と言います。
父の歌の力もすごいと思っていましたが、
もう一つ飽きるまで身体に入れ尽くす父の姿に言葉が出ませんでした。
記憶力ではなく、覚えるのではなく、その物に成り切るまでやる。
そんな事を以前、歌舞伎俳優の市川海老蔵さんもお話ししていたのを覚えています。
「そのもの自体に触れるまでやる」と。
舞台は発表会ではありません。
一つの幻想を表す場です。
芸はそんな人にソーっと降りてきます。
手に傘や物を持つ事が嫌いだった父。
そこからが稽古だったのです。