僕 と 父 と 声

とんでもないプロデューサーだった両親

1960年2月9日早朝。僕は楠瀬家の長男として父一途、母雅子の間に生まれた。
4才下の弟と更に4才下の妹の3兄弟である。
父と母は僕が生まれる前に2人でひとつの事を決めていた。

子どもは3人つくる。
1番目は音楽家として後を継がせる。
2番目はスポーツ選手に育てる。
3番目は普通の生活をさせる。

というとんでもない決定だった。
生まれる前からこんな事を決める夫婦がどこにいるんだ。

そして、僕は音楽を継いだ。
弟は帝京高校、法政大学、そして読売ヴェルディでJリーガーとして生きた。
妹は普通に育てられ普通に結婚し普通に母になった

驚きなのは僕も弟も妹もその道に抵抗なく好きで飛び込んでいた。
使命感を背負う事なく。

とんでもないプロデューサーだ。

よく考えると僕たち兄弟は同じ屋根の下で暮らしてはいたものの
全く違う育て方をされていた。

次回はそのとんでもない育て方を書いてみようと思う。

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父の響育(きょういく)その1

教育とは教えて育てるという意味がある。しかし、楠瀬家には独特の育て方があった。
それは「教育」ではなく、「響育(きょういく)」というものだった。

朝起きて食卓に座っている両親に「おはようございます!」と
言えば、「その響きは、『おはよう』ではないだろう」と叱られる。
学校へ行くのに「いってきま〜す!」と言えば、「待ちなさい!
それは、『いってきます』の響きじゃないでしょ!」と叱られる。
学校から戻り「ただいま!」と言えば、「そんな響きではお帰りとは言えないわ」。
食事を目の前にして「いただきます!」を失敗すれば、いつまでも食べさせてもらえない。
「ありがとうございます」を間違えようものならもう大変なことになる。

小学校に上がったばかりの子供に容赦のない日々が続いた。

実は、恥ずかしいことに今でも母には時々、
「そんな響きで誰が協力してくれるというの?」と言われる。

父は口癖のように言っていた。
「すべての言葉には音がある。それを自分の音色(ねいろ)で伝えてこそ人に伝わるんだ」
確かに日本語は五十音でできていて、音の連続でもある。
父に算数や国語を教わったことは一度もない。
響かせることを教わる中で礼儀、思いやり、感謝を徹底的に叩き込まれてきた。
しかし、スポーツの世界へ向かっている弟にその響育は
全く実施されず、彼は別の苦行に明け暮れていた。

苦行、長男の僕には夕食後にそれはやってくる。

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父の響育(きょういく)その2

夕食。
それは家族にとってかけがえのない和を育むひと時だと思う。
今、何に夢中なのか。未来はどうなっていくのか。
健康状態はどうかなど、その空間で知れるものは数知れない。
しかし、楠瀬家には一切そのような和はなかった。

夕食後、僕は必ず父の部屋に呼ばれる。
おもむろにピアノのふたを開け、父は3つの和音をジャン、ジャン、ジャンと叩くようになり散らす。

そこで父は言う、「誠志郎。今日の夕食の味は3つのうちどれだ!」これが毎日の日課だった。
食事中、僕は味を楽しむとか、家族の話についていく意識などは、みじんもない。
ただ、この味はどんな音だ?どんな響きだ?それを知るために食べていた。

小学校にあがったばかりの誠志郎には、「神さまお願いします」の偶然を狙うしか手立てがない。
案の定外れる。
ピアノの上に置いてある大きな画板ほどの譜面台が、容赦なく僕の顔面を襲う。
僕は後ろに置いてあるソファーに吹き飛ばされる。
現代では何と言われるかわからないほどの仕打ち。

でも、時に見事に偶然も起きる。当たった時は天にも昇るような気持ちを込めて、
父は僕を抱きしめてくれた。
そして、ピアノの横にある小さなサイドボードからキスチョコレートをひとつ僕にくれる
それはそれは嬉しかった。美味しかった。

人間は、何歳だろうが嫌でも学ぶ。当てるには絶対何かヒントがある。
僕はそれを探し始めた。

ある時、ふとあるものに気がついた。

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ピーターと狼

僕は2月に生まれた。寒さが大嫌いな僕が2月生まれなんて自分でも不思議なところがある。
父が誕生日のプレゼントに僕をオーケストラに連れて行ってくれた。

幼稚園の時だった。
セルゲイ・セルゲーエヴィチ・プロコフィエフ作曲の「ピーターと狼」。
指揮と語りが小沢征爾さん。

オーケストラを実際に生で聴くのも、小沢さんの指揮を見るのも生まれて初めての体験だった。

それも最前列で。

今でもその時のオーケストラの振動を忘れることはない。
小沢さんが指揮をしながら物語を指揮台から語る。
それがなんとも怖い。

それに合わせてオーケストラがキャストや情景、心理描写を奏でてくる。
ピーター(弦楽合奏) 小鳥(フルート) アヒル(オーボエ)
猫(クラリネット) お爺さん(ファゴット)
狼(フレンチホルン) 猟師の撃つ鉄砲(ティンパニやバスドラム)
夜(ハープ) 朝(トライアングル)

楽器は言語を使うことができない。

でも、見事にはっきりと何を言っているのかがわかる。

音はしゃべる。これはその時得た大きな実感だった。

例え言語がそこになくても伝えたいことは音が伝えてくれる。

父はきっとそれを僕に体感させたかったのだろう。

言語があって、声があるんじゃない声があるから言語があるんだ。

素敵な誕生日プレゼントだった。

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別れの歌なんてない!

3月と言えば卒業、転職、転勤など環境の変化が訪れる月でもある。
また、別れの季節でもある。
日本にもそんな別れを象徴する楽曲がそれはそれはたくさん存在する。

そんな中、父は別れの曲が大嫌いだった。それは若干僕も受け継いでいる気がする。

父曰く、人間に別れなんて存在しない!
というのがいつもの持論だった。
人間はどこか記憶に住む生物である。
父は記憶に残っているものは全て別れとしないところがあった。
ある意味素敵なことだけれども情緒がないとも言える。

そんな理由からか、父が歌う別れの歌はとてつもなく明るい。
日本語を知らない人が聴いたら、なんて陽気な歌なんでしょうと勘違いするだろう。
しかし、人間の心情とは面白いものだ。
別れの歌を明るく歌われる程、切なく聴こえてくる。

言葉は別れ、声は出発の時。

それは間違っていないことなんだろうなぁと思う。
記憶に残っていれば、別れはない。
だから音楽は語り継がれるんだろう。

この春、新しい環境に移りゆく人もいるだろう。
でもそれは今と別れることじゃない。
さらに今と深く強い繋がりとなることを信じていてほしい。
歌はそれをいつまでも思い出させてくれる。

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笑い声がそいつを決める。

「どうしたら声が良くなりますか?」とよくお弟子さんが父に質問をしていた。
父の答えはお決まりの「笑えばいい」だった。

みなさん「?????」。

それはそうだろう。父が教えていた1970年代は、日本にもっとも多くの発声法が入ってきた時代である。
お弟子さんが知りたかったのは、今一番最新の発声法だろう。
それなのに父の答えは「笑え」だけだった。

しかし、秘密はそこにある。笑うことによって声帯の芯が緩む。

芯が緩むとリズム、スピードが一気に上がる。
唾液が出やすくなる、呼吸器が広がる、鼻腔が湿る、表情が良くなるなど効果をあげればきりがない。

笑い声は真似ができない。ものまねの方でも、笑い声をそっくりに真似られる人はいない。
笑い声はそのぐらい複雑に作られているのだ。
その人かどうかを見分けるには笑わせればいい。そこに絶対的なその人の音があるから。

父曰く、「笑い声のイイ奴は声がいい」。
確かに僕の周りでも笑い声に魅力のある奴はいい声をしている。

オレオレ詐欺を激減させるには、電話の向こうにいるヤツを笑わせれば、その人が自分の息子かどうかハッキリ分かる。

問題はどう笑わせるかだけれど、、、。
笑い声にはその人の声の「個」が熟している。笑おう!笑えば笑うほど音声力は高まる。

人間はよくできている。

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春の声とタッチ

日本は世界でも有数の春の歌の多い国と言われている。
確かにあげて言ったらきりがない。
なぜかはわからないけれども、ひとつだけ言えるのは日本人は「春が好き」だろう。
好きでなければこれだけの歌の数は生まれない。

母がさり気なく父に聞いた。
「どうして、リサイタルで春の歌をあまりうたわないの?」
母はただ純粋に、そして、父は困った顔で一言、
「春の音って難しいんだ、、、」
それが答えだった。父も春の歌で大好きなものはたくさんあった。
しかし、春の声とタッチは相当難しい事を父は知っていたからだ。

僕もそれは今になってよくわかる。
春の音って、外側は少し冷たく中が温かく少しだけ苦い音。
わかっているけれども、聞こえているけれども、感じているけども、
それを出すのは、、、んんん、、、。

夏の声とタッチは出せる。
冬の声とタッチは出せる。
春の声とタッチ。
これが楽に出せたらまた自分の歌の世界も変わるだろうな。

わかっていても、聞こえていても、感じていても、なかなかできないものがある。
父も僕もそのひとつに「春の声とタッチ」がある

日本人なのにな。

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音は見える

「今日の夕食の味は3つのうちどれだ!」父は味と音はそっくりだという。
そっくりって、、、そういう時に使う言葉なのか?
だんだん何もかもがこんがらがってくる。

動物は学びながら生命を維持する。人間だろうとライオンだろうとイルカだろうと。
さすがに叩かれっぱなしは嫌だ!キスチョコレートが欲しい!子どもが学ぶには十分な条件だ。
今まで見てきた、感じてきたことにどこか違いがあるはずだ。
それには今あるものを捨てて新しい視線で聴き、感じるしかなかった。

今まで僕はピアノを叩く父の指を見ていた。
きっとピアノを叩くタッチに、答えがあると思い込んでいたからだ。
しかし、それは違った。そうじゃなきゃこんなに痛い思いをするはずがない。
じゃあ、一体何を見つめれば、何に耳を傾ければそれがわかるんだ!
ソファーに投げ飛ばされ、僕は天井を見つめ、途方に暮れている時だった。

父の叩いたピアノの音色が天井に向けて噴水のように吹き上がる。
何がどのようになっているのか、言葉はまったく追いついて来ないが、
その3つの響きが微妙にだが、間違いなく3つとも違う。

ひとつはとても早いスピードで天井にぶつかっている。
もうひとつはピアノからドライアイスのようにモクモクと湧き出ている。
更にもうひとつは部屋中に広々と鳴り渡っていた。

答えはともかくとして、違うことに触れることができた一瞬だった。

わさびのように目を抜けて真上に突き抜けるような辛さ。
シチューのようにトロリと流れるような芳醇な響き。
レモンのように水分の含まれた泡のような酸っぱさ。
どれも絶対的な性格を持っている。

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人の話をよく聴け

親から子どもによく使われる言葉の一つに「人の話を聴きなさい!」というフレーズがある。

僕もさんざん言われ続けてきた。
うちの庭には小さな枇杷(びわ)の木がある。
小さいくせにたくさんの鳥たちがやってくる。

父と僕は、よく庭で話をした。その時、父は必ず「今のオナガは何て言ってた?」

隣の佐藤くんのお家のコッカー・スパニエル(犬種)の鳴き声を聴いては

「今、彼は何て言った?」

近くのお寺がいつも夕方になると鐘を撞く。「今の鐘は何て言った?」

その問いに僕が「ヘェ~???」と戸惑うとすかさず父に
「人の話をよく聴け!」と怒鳴られた。

「人の話?」

父は、鳥も犬も鐘も雨音も洗濯機もすべて音の出るものを人と呼ぶ。

そして、何て言ってたか?と質問する。

言語だけではない。

「音の持っている意味を聴け、想像しろ」と言われ続けた。

「人の話をよく聴け」、確かによく「聴け」と書いてある。

声が良くなっていく人間に共通して言えることがある。

「とにかく人の声をよく聴く」

聴けるから、出せる。出せるから、聴ける。

オナガという鳥は、青と銀の羽を持ち立派な尾も持つ。
しかし、鳴き声が見事に汚い。

ウグイスの衣装は地味すぎる。
でも、あの声(音)に人は心を許す。

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肌で聴く

わさびのように目を抜けて真上に突き抜けるような辛さ。
シチューのようにトロリと流れるような芳醇さ。
レモンのように水分の含まれた泡のような酸っぱさ。
どれも絶対的な性格を持っている。

父の奏でる3つの和音にもその絶対的な性格があった。

そこだ。そこに何かある。
音は聴くだけのものではない、見えるし、感じるものだと言われ続けてきた。

それは間違っていなかった。耳で聞いていたら聞えるものしか聴こえない。
しかし、感じればいくつもの音が聴こえてくる。

その日を境に3つの和音はほぼ間違えることはなく、キスチョコレートが貯蓄される日々を得た。

父から教わるものはいつもこうだった。

わかってしまえば「何だ!こんなことなのか」と思う。

しかし、それがわかるまで何百回飛ばされ、何百個のチョコを食べたことか。

音は耳で聞くな、肌で聴け。
声は耳に聞かせるな、肌に聴かせろ。

今でも忘れない。
その日の夕食は「湯豆腐」だった。

小学生の子どもにその味の性格はまだわからなかった。

間違えた。

でも、父は僕を叩かなかった。

そして、3つの音もその日を持って2度とやることはなかった。

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魔法の声 声はボールだった

父はスポーツが大好きだった。
父のもとで勉強したいという人が来ると、
まず「走っとけ」と言う。

父の奏でる3つの和音にもその絶対的な性格があった。

お弟子さんの中には、バイオリニスト、チェリスト、管楽器奏者も多数いた。
彼等はずっと楽器奏者として訓練をしてきた人たちだ。

運動とはほぼ縁がなかったであろう。

そんな彼等に

「そんな融通が利かない身体でどうやって音楽をやると言うんだ、走っとけ!」

「もっと、力を込めて緩めろ!」

とお決まりのフレーズだった。

夏だったと思う。父からキャッチボールを教えてもらった。
ボールを投げるだけではなく、ボールのスピード、飛んでいく曲線、距離をイメージして、

声を一緒に出せと。ボールはそれ通りに飛んでいくからと。

それは嬉しいほど思い通りだった。

スピード、曲線、距離。声とボールは一致していた。
声によって色々なボールを飛ばすことができる。

僕はこの遊びが好きだった。

男子ハンマー投げの室伏広治選手が黙って投げていたら、彼はゴールドメダリストとしての今があっただろうか?

僕は、今でもうたを歌いながらキャッチボールしている。

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振動と一等賞

よく運動会が嫌いだったという奴がいる。
僕は大好きだった。

石灰にまみれた白いほこりの中を騎馬の音楽とピストルのスタート合図が心臓の鼓動を早くする。

その気持ち良さは今でもなぜか残っている。
大人にとってはイベントにすぎないかもしれない。

しかし、子どもにとっては身体を張っての真剣勝負。

100メートル走個人が始まる前の休憩時、父と国旗の下で待ち合わせをした。

いつも勝負前にハグをする。
父はハグをしながら胸の振動だけで

「お前の思うようになる」とゆっくり僕の胸に伝えてくれる。

言語ではない、でも音だけでもない。なぜかこの得体の知れないものが身体を走る。

1位を取った。

思うようになった。

おしっこが出そうなほどの緊張も、遠いゴールへの不安も、
ビッシリと詰まった観客席からのどよめきも、
なぜかその振動が洗い流してくれていた。

ハグは抱きしめるだけではダメだ。
抱きしめ、骨から骨へ振動を一致させる。

人に力を与えるということは振動からの覚醒のことを言う。
僕は今でもその神秘を探っている。

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絵本は声に出して読もう

僕は好きな絵本が多い方かもしれない。
僕の家には、絵本がとにかくたくさんあったからだ。

父がレッスンで使っていた絵本たちだった。
日本だけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、ギリシャ、オランダ、
アフリカなど世界の絵本が山のように積んであった。

ある時、僕が椅子に座って絵本を見ていた時だった。
父が「声に出して読んでごらん」と一言言った。
最初は照れくさくて、字を一所懸命追っていた。
でも、だんだん読むにつれて寂しくなったり、
嬉しくなったり、寒くなったりすることに気づいた。

読書とは違う感触を覚えた。

絵本は声に出して読むとストーリーを肌で感じられる。
それが今、ボディリーディング(※)という形に
なっているのかもしれない。

絵本は声に出して読もう。
譜面だけ見ていてもその曲は伝わらない。
声にしてうたわなきゃ。

「おさるのジョージ」シリーズは今でも僕の生きるバイブルです。

※ボディリーディング・・・Breavo-paraのレッスンプログラムの呼び方で、
朗読を中心として行うレッスンのことを指している。

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響きとリズム

父のお弟子さんには楽器奏者が多くいた。特にピアニストが多いことで有名だった。
父は歌い手だ。なのになぜピアニストが多いのか不思議に思ったことがあった。
その答えはすぐにわかった。

僕が小学生の頃、よく父がピアノを教えてくれるようになった。
普通、日本でピアノ教室と言えば、バイエルそしてツェルニーというお決まりの教則本が存在する。

左手はこう、右手はこうという運指の練習のために作られたものである。
父は全くそれを使わなかった、いや、その教則本さえ存在していなかった。

父は好きな楽曲を持ってくるように誰にでも伝える。
そして、その楽曲の持っているリズムをげんこつでピアノを叩かせる。
徹底的にその曲のリズムだけを繰り返す。 当然、音は不協和音が鳴る。
そのリズムの中に感情や情景を徹底的に押し込む。
腕を通してカラダにそのリズムが染み込まれていく。
ようやく染み込んだところでやっと運指が始まる。
リズムが染み込んでいるので音楽の持つ躍動感や感情が一気にできあがる。

「日本の音楽教育は音符から始まるから面白くないんだ」が口癖だった。

ピアノの響きも圧倒的に違う。
うたで例えてもそれは全く同じ事だ。喉の声でいくらうたってもリズムは感じてこない。

しかし、響きでうたうと自然にリズムが生まれてくる。面白いものだ。

声のいい人の話しはとても軽やかさを感じる。
それはリズムがあるからだ。まずは感情を掴む。

それから綺麗に整えていく。音楽だけの話ではない。

ただ話をしても何も面白くない。
そこに響きのリズムがあるからこそ立体感や躍動感が生まれてくる。
譜面やテキスト、マニュアルは地図に過ぎない。そこにリズムがあってこそ生命を感じるものだ。

響きとリズム。それは生きる力を感じさせてくれる。

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エンジン音とひとつになれ

父は乗り物が好きだった。自動車、飛行機、船、新幹線。
旅の多い生活だったからであろう。
よく父は僕を車に乗せて遊びに連れて行ってくれた。

今でも思い出すことがある。父は車に乗るとエンジン音と同じ響きを出す。
僕もそれは得意だった。
エンジンやモーターは一定の周波数を持った音を出す。その音色が心地よい。

父の愛車は日野コンテッサ900。今や誰も知らない車かもしれない。
日野とルノーが組んで開発した。日野自動車唯一の乗用車である。

真っ赤なセダンで、なぜかハッピーな気持ちになれる車だった。
父はその音が大のお気に入りで、「イタリア人」の声に似ていると話していた。
少し高めの音で、踏み込むと更に高くなっていく独特の癖を持っていた。
父と僕はコンテッサと同じ音を胸に響かせて走るのが常だった。
乗り心地など二の次、車は音だ。

そんな生い立ちを持つ僕は移動中いつも乗り物の音を聴く。
そしてその音とひとつになるように密かに胸に響かせる。
気づかれてはいないと思うが妙な奴かもしれない。

僕が好きな乗り物の音は、JRあずさ(新宿〜松本間)とセスナスカイホーク。
自分の音域と合うのかもしれないが、喉のウォームアップには最適な響きと振動である。

コツはひとつ。 その乗り物の音程を掴みハミングすればいいだけである。
歌う前、プレゼンの前など、
移動を利用して喉を緩めるのにもってこいである。

エンジン音の小さい乗り物など乗り物じゃない。
エンジンはしっかりと自分を発信すればよい。 人間も同じ。
自分のエンジン音を出して生きていく。そうすれば動き出す。

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納屋で昼寝をする少年

ずっと探している絵がある。

それほど大きくない田舎の納屋の中にフワフワの干草があり、
その上に大の字になって昼寝をしている一人の少年の絵画。

農作業の途中、思わずそのフワフワの干草の上でブーツを脱ぎ、
横になってそのまま寝てしまったのだろう。
裸足で、肩から指先まで綺麗に力が抜け、
目はそっと安心と安らぎの中にいるように静かに瞑っている。

父の稽古場に飾ってあった絵画だった。ミレーでもゴッホでもなかった。
なぜか僕は、よく絵のことなんかわかりもしないのにずっと眺めていた。
しかし、いつの日かその絵は稽古場からなくなっていた。
今でも横になるとその絵が鮮明に思い出される。

1960〜70年代のボイストレーニングは、カラダを締めて息を瞬間的に出し、
音階に変換するという考え方が一般的だった。
現在でも、オペラの世界ではその発声法が受け継がれている。
しかし、父は日本人にその発声法は向いていないと言い切った。
筋肉の質も量も違うヨーロッパの人たちと同じにはできない。
父は緩めて振動させるという真逆の発声法に挑んだ。

力の抜けないお弟子さんによく「あの絵を見てごらん」と声をかけていた。
昼寝をしている少年の絵。
力を抜けと言葉で言うのは簡単だ。でも、それができないから苦しむ。
でも、その絵は教えてくれる。緩むカラダの理想像を。

いつか必ずその絵を見つけたい。
声だけではなく、多くの人がそこから感じるものがあると思うから。

フワフワの干草の上で。

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声の呼び名

声の呼び名というと「地声」とか「しゃがれ声」
「ファルセット」「ミックスボイス」であるとかそんな呼び名しか現代では聞こえてこない。
どれも人を表すような名前ではない気がする。

落語や浄瑠璃の世界では江戸時代から粋な声の呼び名たくさんがる。

父はその呼び名探しがとても好きだった。

秋のよもぎ。花粉症の方は耳を背けてしまうかもしれないけれども
「よもぎ声」は少しザラザラしていて話に少し苦味のある声を指します。
それは決してしゃがれ声ではなく、人の心にとても染み入ることとして例えられた。
「吐息桜」(トイキザクラ)、女性がほんのり酔って、柔らかい笑顔でふと吐く吐息。
好んだ男性にしか吐かない吐息を言った。
「蝉声」(セミゴエ)、しゃがしゃがとうるさく、なんとも暑苦しい品のない声を指した。

Breavo-paraにも「自分の声が嫌いで」とおっしゃる方が多い。
それは声の文化が日本にはしっかりとあるのに伝わっていないからだと思う。
声には色がある、香りがある。そして呼び名がある。
日本の色彩を表す言葉や味を表す言葉は今でも使われているけれど、
声の呼び名が途絶えてしまっている。

声帯が柔らかく、開閉がしっかりと整い、大きも小さくも自由に鳴る声も美しいと思う。
けれども綺麗だけが文化じゃない。
しゃがれていてもチャーミングな声は愛おしい。

声は自分を表す。だから磨く。
父はよく言っていた。「自分の声に文化を持て!」と。

本当の自分の声がチャーミングじゃない人はいない。
必ず、色がある。
必ず、香りがある。
必ず、文化がある。

声ってそういうものです。

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リサイタルとスイミング

父は毎年2回リサイタルを行っていた。
父の荷物持ち、楽屋の吸入器のお水の交換、舞台で伴奏者の方へお花をお渡しする。
これが僕のレギュラーな仕事だった。

そしてもうひとつ、リサイタルに向けてのトレーニングで父はよくプールで泳いだ。
そのプールサイドの椅子の確保が僕の仕事だった。
父はよく言っていた。
歌とスイミングはとても近いと。
肺活量への影響。効率のいいブレスタイミングなど確かに色々な点で近いところがある。
しかし、父がやっていたことは、泳ぎながらうたっているということだった。
声に出してうたっているわけではない、カラダ全体でその楽曲をイメージし、
その泳ぎから音楽的なヒントを得ていたのだろう。

父は本番のプログラムのスコアをプールに持っていく。
そして泳いではそのスコアーにメモを入れる。
そのメモも言語ではなく、子どもの僕には全く意味不明な模様のようなものだった。

プールに譜面を持っていく人なんて、いまだかつて僕は父しか知らない。
おまけに本番に近くなると伴奏のピアニストまで連れて
泳ぎにいくのだからピアニストもたまったものじゃない。
でも、その感性の共有こそがふたりの独特な音楽を創っていた。

僕も泳いでいる時はうたっている。
父が体験から教えてくれた歌の勉強法のひとつ。
そんな感性で陸上競技や体操を見ているとみんなうたっているように僕には感じる。
リズム、旋律という流れ、ブレスのタイミングなどきっとどこか同じなのだろう。

今でもプールに行くと思い出す。
泳いではメモを入れている父の姿を。

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金木犀(キンモクセイ)

強引だった夏が音を立てるように過ぎ去って行きました。
鳴いている鳥たちの声もなぜか爽やかに聞こえてきます。

このわずかな季節を歩いていると金木犀の香りに出会います。
早春の沈丁花、初夏のクチナシ、秋のキンモクセイは、日本の三大香木と呼ばれ、
ふと、呼び止められたかのようにその香りに足が止まります。

自宅の向かいにある神社へ父とよく散歩に出かけました。
父に教えてもらった話があります。
金木犀は花が咲く寸前に「さぁ、咲くよ!花を咲かせるよ!」と
一気にあの香りを放出するそうです。
父は香りと同時にその在り方が好きだったようでした。

歌を歌ったり、お話しをしたり、
咲いている時ももちろん大事であり、素敵だけれども、
歌う寸前、話す寸前にもう「勝負あった」が本当なんだ。と父は言いたかったのだと思います。

坂東玉三郎さんや小澤征爾さんを観ていると
まだ演目が始まっていないのにもう「勝負あり」といつも感じます。
それは学んで出来るものではありません。
その人がどれだけその演目を愛し、尊さを持って舞台に上がっているかだと思います。

ブレイヴォーパラでもスタッフとよくこんな話をします。
レッスンでは当然のこと、来られた方が
入り口のドアを開けた瞬間に自分を思い出せるようにお迎えする。
どんなものでも寸前が素敵であれ。

音や香りは時間を止めます。
時間が止まると人は自分を見つめます。
金木犀はいつもそんな事を気付かさせてくれる香木です。

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あなたは誰ですか?

「勉強じゃない、習うんだ!」
父がよくお弟子さんに言っていた言葉のひとつを
やっと最近わかってきた気がする。

「歌は習うものだ。勉強して上手くなるなんてそんなものじゃない」
ソファーに腰掛けて笑いながら話していた姿が今でも思い浮かぶ。
勉強とは答えがあるもの。習い事は答えのないもの。
そもそも音楽なんて答えのない産物である。
ひとつの旋律を聴いて「美しい!」と感じる人もいれば、
「怖い!」と感じる人もいる。
それはどちらも間違っていない。

勉強は大切だと思う。人間の進化はそこにあるだろう。
一方で、習い事は自分に触れる学びだと思う。

チャップリンが自分の作品を創るためにキャストのオーディションをする。
その時に紙に書かれたひとつの質問。
「あなたは誰ですか?」

誰々先生に師事して勉強してきた、過去にこれだけの作品に出演してきた、
過去にこれだけの賞を受賞してきたなど、チャップリンには一切関係のないことだった。

声を習うとそこがわかってくる。
この星でたったひとつしかない自分の声。
「あなたは誰ですか?」

習うを知ればその問いに簡単に答えられる。

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