僕 と 父 と 声

とんでもないプロデューサーだった両親

1960年2月9日早朝。僕は楠瀬家の長男として父一途、母雅子の間に生まれた。
4才下の弟と更に4才下の妹の3兄弟である。
父と母は僕が生まれる前に2人でひとつの事を決めていた。

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父の響育(きょういく)その1

教育とは教えて育てるという意味がある。しかし、楠瀬家には独特の育て方があった。
それは「教育」ではなく、「響育(きょういく)」というものだった。

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父の響育(きょういく)その2

夕食。
それは家族にとってかけがえのない和を育むひと時だと思う。
今、何に夢中なのか。未来はどうなっていくのか。
健康状態はどうかなど、その空間で知れるものは数知れない。
しかし、楠瀬家には一切そのような和はなかった。

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ピーターと狼

僕は2月に生まれた。寒さが大嫌いな僕が2月生まれなんて自分でも不思議なところがある。
父が誕生日のプレゼントに僕をオーケストラに連れて行ってくれた。

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別れの歌なんてない!

3月と言えば卒業、転職、転勤など環境の変化が訪れる月でもある。
また、別れの季節でもある。
日本にもそんな別れを象徴する楽曲がそれはそれはたくさん存在する。

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