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教育とBreavo-paraメソッド

成城大学2

日本には声の教育(声育)というものが存在していません。なぜなのでしょうか。

ドイツやオランダでは、幼少の頃から、声の持つ力を育てるための優れたカリキュラムが多く存在しています。日本の協調性を重んじることは良いことです。しかしそれは、「個」があってこその「団」であり、「個」が埋もれて「団」を成したとしてもそこに真実の力はあるのでしょうか?
発声の発育は早いほど、その人間の思考、性格を形成します。

僕は日本歌曲の歌い手であり、声楽家の長男として生まれました。僕の朝はいつもこうでした。
父に「おはようございます」と言えば、「誠志郎、それはおはようございますの音じゃない。それでは誰もわからない。」と。

「いってきます」も同じことを言われます。
「ただいま」と言えば言われ、「いただきます」と言えば言われ、特に、「ありがとうございました」、「おやすみなさい」は、恥ずかしいことに今でも母に言われる時があります。(正直頭にきます。)

父母が教え続けてくれたことは、「想いを声(音)に乗せ、人にお渡しする」、そのひとつだったと思います。

社会の扉を開ける前に自分の想い、思考、協調の声を持ってほしいのです。特別な人間が学ぶものではなく、幼少期から青年期まで人間が当たり前のように持つものです。
それには教育への導入に意義があると僕たちは考えています。

今回、大学の1講座として導入をしてもらいました。社会では若い人間たちのこといろいろと意見される人がいるけれど、とんでもないです。
彼らの生きる真剣さはとても清潔であり、力を出したくてしょうがないというものをしっかりと持っています。
それを活かしてあげることが大人の役割だと思いますし、それを外に響かせる(アウトプット)メソッドを体感、実体験させてあげること。その意味と意義を講義では共有しています。

もし、この文章を読んで「もしかしたら」と何か浮かんだらぜひ、声をかけてください。正しい発声法で自分を動かし、人も動かす。
そんな人間を今から育てていくことが大切なことです。

成城大学 「キャリア形成概論I」にて
http://www.seijo.ac.jp/information/22/007193.html

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