一照さんと遊ぶ

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坐禅とは何かなんて僕には書くことはできない。

音楽とは何ですか?

と問われるようなものだ。
説明できないもの、文字にできないものに人は強い魅力を持つ。

僕は一照さんが好きだ。
小難しいものをとても楽しく体感させてくれる。
「教義の前に体感を」と彼は教えてくれる。
響きのレッスンや音楽も「感じてから考える」と伝える。

一照さんはそれをサイエンスを通して伝えてくれる。
坐禅も音楽も声の響きも「振動と覚醒」という概念で一致する。
また、骨というものが坐禅にも響きにも必須のアイテムである。
坐禅も音楽も肉体の産物である。
特別な人間だけのものでは決してなく、誰もが掴み取れるものだ。

この日は2人で遊んだ。
坐禅も音楽も響きもカラダの解放がなくては掴むことができない。
ある意味、解放した時それは忽然とやってくるものだからだ。
今、この世の中に必要なものは、自己解放力。
解放をどう使うか、どこへ持っていくかがこれからのテーマであると思う。

また、一照さんと遊びたい。
その遊びにみんなを巻き込めばきっと次が見えてくると確信を持った夜だった。

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